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出走資格
サラ系4歳(旧5歳)以上のJRA所属の競走馬及び外国調教馬(8頭まで)。
負担重量
別定で、
4歳は56キロ、
5歳以上は57キロ
(開催日が3月2日以降の場合は4歳以上57キロ)、
牝馬は2キロ減を基本とし、
過去1年以内のGI優勝馬(牝馬限定GI優勝は除く)は2キロ、
牝馬限定GI・GII(牝馬限定GIIは除く)優勝馬は1キロ、
1年より過去のGI(牝馬限定GIは除く)
優勝馬は1キロの負担が課せられる。
ただし2歳時のグレード・グループ優勝は対象外。
(1,600m超2,200m未満の競走のアローワンス[1]が2月は1kg、3月は0kgとなっている。
開催日(天災地変その他やむを得ない事由により開催日の日取りを変更した場合における変更後の開催日を除く。)
が2日以上連続する場合において、
それらの開催日の最初の日とその他の日におけるアローワンス
および南半球産馬の負担重量の減量が当該表に定めるところにより
変更されることとなる場合については、
当該最初の日現在における当該表による
重量をもってそれらの開催日における
アローワンスおよび南半球産馬の負担重量の減量とする。
より、開催日が3月1日(2009年はこれに該当する)の場合でも
前日の土曜日が2月28日と2月なのでアローワンスは1kg)
総額賞金
1億2,200万円で、
1着賞金6,400万円、2着賞金2,600万円、3着賞金1,600万円、
4着賞金960万円、5着賞金640万円と定められている。
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1936年秋に中山競馬場のハンデキャップの芝3200mの重賞競走、
中山記念として創設され、
秋と春の年2回施行された。
秋の競走は出走条件が4歳(現3歳)以上、
春の競走は5歳(現4歳)以上と決められていた。
1938年の秋の競走から施行距離を芝3400mに変更、
しかし1944年から1946年の3年間は太平洋戦争(戦時中)の影響により開催中止となった。
1947年のみ出走条件が5歳(現4歳)限定、
しかし翌年から5歳(現4歳)以上に変更、
また施行距離は1951年まで春の競走は芝2600mで施行され、
秋の競走は出走条件が4歳(現3歳)以上に変更、
1950年まで芝3200mに変更され、
1948年のみ芝3400mで施行された。
また1951年は春の競走が芝2500mに変更、
秋の第26回競走を最後に年2回施行制は廃止された。
年1回制になった1952年から1955年は施行距離を芝2400mに変更、
1956年のみ中山競馬場の改築に伴い中山改築記念の副称が付けられた。
1957年からは芝1800mに変更、現在も変わらずこの距離で施行されている。
1958年からは出走条件が目まぐるしく変わり、
同年は5歳(現4歳)以上、
1959年から1960年は4歳(現3歳)以上、
1961年から1962年は5歳(現4歳)以上、1963年は4歳(現3歳)以上、1964年から1966年は5歳(現4歳)以上、
1967年は4歳(現3歳)以上、
1968年に5歳(現4歳)以上でおさまった。
1972年からは負担重量が別定に変更、
1984年からはグレード制施行によりGIIに格付け、
かつ混合競走に指定され外国産馬が出走可能になり、
1996年からは地方所属の騎手が騎乗可能となり、
2005年から国際競走に指定された。
伝統と格式を誇る重賞競走で、
本競走から天皇賞(春)や安田記念、
更には宝塚記念を目標とする有力馬が始動する場合があり、
春の古馬GI戦線を占う重要な役目を担っている。
また本競走から4月下旬に香港の沙田競馬場で施行される
クイーンエリザベス2世カップへ遠征する競走馬陣営も増えてきた。
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中山記念(なかやまきねん)は、
日本中央競馬会(JRA)が中山競馬場の芝1800mで施行する
中央競馬の重賞(GII)競走である。
競走名は中山競馬場から冠名が取られている。
正賞は千葉県知事賞。
中山記念 | |
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開催地 | 中山競馬場 |
施行日 | 2009年3月1日 |
格付け | GII |
1着賞金 | 6400万円 |
距離 | 芝1800m |
出走条件 | サラブレッド系4歳以上(国際)[指定] |
負担重量 | 4歳56kg、5歳以上57kg、牝馬2kg減、過去1年牝馬限定戦を除くGI級優勝2kg増、過去1年超GI級優勝、過去1年牝馬限定GI級および牝馬限定戦を除くGII級優勝1kg増(2歳時除く) |
第1回施行日 | 1936年10月18日 |
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